ほんとにゴメン 母さん  

 

死ぬまで私の心にとどめておこうと

思っていました。

 

 

でも、自分の中だけで

納めておくことは

ちょっとつらいです。

 

 

母さん、ごめんね

 

 

ラジオを通して謝らせてほしい。。。

 

 

 

 

 

 

   

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 本当にごめん。母さん

 


 55年の人生を過ごしてきました。
 二人の子供も就職し
 現在は、妻と二人でつつましく過ごしています。

 

 

 父親は、わたしが赤ん坊のころ癌で亡くなったと

 母から聞かされていました。

 ただ、だんだんと物の分別がつく年になるにつれて
 それが嘘であることがわかりました。

 そのことについて一度も母に、詰め寄ったことはありません。

 


 

 母は朝からスーパーのレジのパートをして
 夜には近所のスナックでアルバイト。
 毎日毎日忙しく働き
 定時制高校ながらわたしを卒業させてくれて
 その後工場で働くまでになりました。

 


 わたしが工場勤めをするようになり
 ほっとしたのか母は、病に伏せって
 横になる日が多くなってきました。

 わたしを卒業させるために
 一生懸命に朝から晩まで働きづめになって
 体に無理が出てきたんだと思います。

 


 高卒のわたしの工場勤務の給料では
 満足に病院に通うこともできず
 母と二人で生活保護を受けながら
 苦しい毎日を送っていました。

 母は、日々体が弱くなっていくのが
 わかるほど病魔におかされつらそうな顔を
 私は工場から家に帰ってきたときに
 母の顔を見るのが本当に怖かったんです。

 

 

 

 忘れもしない
 昭和46年5月5日の子供の日の深夜。
 眉間にしわをよせつらそうに眠っている母親を
 楽にさせてあげたい一心で台所から持ってきた包丁を
 震える手で握りしめ母親の寝床まで行きました。

 

 

 目をつむり、えいっと腕に力を入れようとしたとき
 ふっと我に返り、なにごともなく包丁を台所に戻すこととなりましたが

 そのときの母の寝顔は一生忘れることはありません。

 

 

 間もなく、母親は心筋梗塞でこの世を去ることとなりました。

 

 

 このことは妻にも子どもにもそして友人にも
 誰にも話すこともなく今日まで過ごしてきましたが

 この先、わたしがどれくらい生きるのか、生かされてもらえるのか
 わかりませんが少しでも、心に背負った傷をおろしてみたい

 そんな気持ちになりこの番組を利用させていただきました。

 

 

 ほんとにごめん 母さん

 

 

 

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